新日本プロレスを物語る!

新日本プロレスという最高の『物語』、それは必然と偶然が織り成す感情のドキュメント!主役は、レスラー全員です。

新日本プロレスという最高の『物語』、それは必然と偶然が織り成す感情のドキュメント!
主役は、レスラー全員です。

ドラマチックであるがゆえに 柴田勝頼

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こんばんは、筆者のクスノキです。

 

さて、前回では6.9ドミニオンにいて小島聡選手にハイスポットを当て記事を書かせて頂きましたが、ドミニオンについてはもう一つどうしても触れておきたい事があります。

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触れておきたい事、というよりは触れておきたいセリフです。今までの記事からの傾向を見れば分かる通り、長々と前置きを挟むのは私の悪い癖ですので、今回はあっさり気前よくまずはこの冒頭にそのセリフを抜粋しドカンと貼り付けさせて頂きます。

 

 

「俺はイメージしてましたけど。イメージ通りになってしまいましたね。」

 

 

誰のセリフでしょうか? イメージというワードでSANADAをインスパイしてしまったファンの方はある意味さすがです。しかし、このセリフ、SANADAではありません。

 

 

 

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そう、柴田勝頼ですよ!

 

 

 

大阪城ホールで予告無く現れた男、ザ・レスラー柴田勝頼

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またの名を、ドラマッチックな男柴田勝頼

 

以前の私の記事ではなぜ柴田選手を私がそう呼ぶか、部分的とはいえ書かせて頂きました。まだまだ中途半端にしか柴田選手にはこのブログで触れていませんので、いすれドラマッチックに柴田勝頼シリーズ書きなぐってやるという熱い気持ちでいます。

その時には、柴田ファンの方々にも納得の出来に仕上げてみせますので腰を据えてお待ち下さい。

 

 

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あのドラマチックな一戦だったサクラジェネシスの戦い後、緊急搬送。

頭部の大手術を経てもなお後遺症に悩まされ、体の回復は徐々にあるものの、時間経過の方があまりに早すぎるせいもあり未だに柴田選手のリングへの復帰は皆無の状態。

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引退はしていないとはいえ今後もリング上でのあの激闘に耐えうる体に戻ったかどうかは難しいのが現状です。

 

しかし、柴田はザ・レスラーのままです、リング上だけがプロレスじゃない。彼のドキュメントタリー等で発信してくれた言葉を聞けば、プロレラーはその生き様にあると読み取る事ができます。

 

生き様、柴田勝頼にとってプロレスとは戦いをテーマとするものでなければならず、プロレスラーとは戦う者であるという事。

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しかし相手にエルボーを叩き込んだり、相手の肉体をキックで蹴り上げるだけが何も戦いじゃない。戦いはいつ何時でも自身のスタンス、つまりは気持ちのぶつけ方そのものを戦いとしてみなせば「戦っている者」となれるのです。

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リング上ではしばらくプロレスをしていない柴田ですが、彼は現在、新日本プロレスLA道場(ロサンゼルスにて)のヘッドコーチとして海外版のヤングライオンを育て、柴田イズムの継承をあえて日本ではなく海外で行動を起こしたのでした。

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そう、これもプロレス。

 

新日本プロレス伝統のストロングスタイルを海外で繋げる、国籍も人種も超越しようとする柴田のイズム。これは究極的な頑固者の頑固者による意地のストロング注入ともいえます。これのどこが頑固なのかと思われる方もいるやもしれませんが、これは一周廻ってもはや頑固過ぎるんですよ。

 

指導する場所もアメリカへ移し、指導する相手も日本人ではなく外国人をあえて選ぶ。それなのに日本の土壌で厳しく培われたストロングな産物をそのまま柴田勝頼の手によってストロングに注入してやろうという荒行に近い衝撃的なストロング

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何かを変える為、ではなく、変えない為に変える。まるで言葉遊びみたいなニュアンスですが言葉で伝えるのにも精一杯な程にドラマチックだとしか言いようが無いのです。

 

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“これを僕が教えてる事も、プロレスっていうんですね”

※柴田が語ったLA道場ドキュメンタリでの言葉。

 

 

今の自分に何ができるか、自分ができる事をどう伝えるか、自分にしかできない何かを表現する。柴田の戦いです。オカダ・カズチカとの激闘の後もなお彼は彼自身の戦いを止めてなんかいない。

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もしかしたら、もしかしたらなんてさえ言いたくは無いけれど・・・、でももしも、もしもあのレンインメーカーとの壮絶な激闘が柴田にとってリング上の最後の戦いになったとしても、彼は戦いを諦めていない。

 

彼はプロレスを辞めていない。

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柴田は今も、プロレスラーでありプロレスをしているのです。

 

 

そう、これもプロレス。レスラーが戦いという感情を発信すればそれはもうプロレス。生き様をプロレスする男。

 

申し訳ありません、私の熱が籠り過ぎてこのままでは「ドラマチックな男」という言葉だけでいくらでも記事を埋め尽くしてしまいそうです。ここは泣く泣くですが、歯止めを利かします。

 

ですが私がこのプロレスのブログでどれだけ言葉を大事にしたいか、丁寧に濃く使いたいかを分かって頂けたらと願うばかりです。勿体ないんです、最近プロレスというエンターテイメントを安易に消費するだけの書き手が多すぎるような気がして。。。

 

せっかくですから、このプロレスという感情のドキュメントをできるだけ自分なりの言葉で楽しんでみませんか?

 

毎時間に更新されては雑に消化されていくまとめニュースの様な媒体に皆がなってしまっては凄く勿体ない。プロレスが好きだからこそ、です。

 

話が逸れました。ドミニオンに話を戻しましょう。

 

試合と試合のちょうど合間でした。次の試合のアナウンスはまだかまだかと会場中が待つ中、あの曲が突如鳴ります。

 

ギター音、静かな始まり。目の前にある大きな壁を飛び越える助走の一瞬。空間と音色が停止したかのような一瞬の間。

 

 

ジャーン!

(曲調が一気に変わる時のギター音)

 

TAKEOVER

 

 

 

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来た来た来た

 

この入場曲で花道を歩いてくるのはもちろんこの柴田勝頼しかいない。

 

ん?柴田が指を差すなんだ?何を意味する?ザ・レスラーが示す方向ならそこにはプロレスがあるはず。

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そしてプロレスがあるなら、当然プロレスラーが居るはず。

 

誰だ?誰なんだ?このTAKEOVERの曲が鳴る花道を歩いてもいいレスラーが柴田勝頼以外にも有り得るのか?

 

さあ、誰なんだ?!

 

 

 

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KENTA選手でした。

 

二度書きましょう、KENTA選手でした。

 

元WWEだったKENTAとは強調せずに、ここはプロレスリング・ノアの大エースだったKENTA、そう私は強調します。

元WWEというステータスを過少評価しているのではありません。私がこのブログで掲げてしまった物語るという言葉の呪縛のせいです。物語る という非常に難儀な言葉をテーマとして据え置いてしまったまま蟻地獄に陥ってしまった私。まるで物語過敏症とでもいいましょうか、視点の置き方を意固地にするしかないような袋小路に追い詰められたのです。

 

元WWEというステースよりもノアのエースだったキャリアにどうしても反応しなければならないわけです、要はどっちが物語という視点に射止めやすいか。今回の柴田との帯同によるシチェーションにはどっちのキャリアを当てはめれば物語というワードが光るのか?

 

導き出される答えは決まっているじゃありませんか。

 

時は2005年、プロレスの時間軸がしっかりと物語ってくれています。

 

やめるのも自分のプロレスのひとつ、それがなかったら自分じゃなかっただろうし。やめることが新日本だった。」

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やめることが新日本だった、この言葉からも柴田勝頼がいかにドラマチックか。

 

ドラマチックはこの時から始まっていたのです。柴田は新日本プロレスをまさかの退団、その足で新団体ビックマウスへ移籍。ただすぐに団体内でいざこざがあり団体はビックマウス・ラウドへ名称を変更。柴田もビックマスラウドで参戦を続けます。

 

そんな最中、ビックマスス・ラウドのエースとして他団体のリングにも上がる流れに。

 

そう、緑のマットです。

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ノアのリングに参戦する流れの中、当時からファイトスタイルが似通っていたKENTA選手とタッグを組む事に。

ここからです、プライベートも含め柴田勝頼とKENTAの親交が深まっていくのは。

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その翌年(2006年)、ビックマウスラウドは経営難になり、事実上消滅。

柴田はフリー選手となりますが今度はフリーのまま緑のマットへ参戦。KENTAとのタッグも継続、この時期の彼ら二人の出会いと共闘が後の柴田のイメージ通りという言葉へと繋がるわけですね。

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Oh、ドラマティック!偶然と必然が織り成す珠玉のドキュメント。人の手によってどこまでが作れてどこからは作りきれない。

時の流れに身を任せつつ、ストーリーの交差点はあの角を曲がれば現れる。どうしたってそいつは我々プロレスファンに語りかけてくる、物語ってやつをさ。

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浸り過ぎたことをお詫びします

冷静さを取り戻して呼吸を整えましょう。

 

 

 

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趣味や好きな音楽のジャンル、お互いのプロレス観。二人は雑誌や番組の対談等で思考を交わしつつ、観る側の私達にもその関係性を示してくれていました。

 

柴田がICU集中治療室へ入った時、KENTAはさぞ心配だったでしょうね。ソウルメイト、今では死語に近いようなドラマチックな言葉でその関係性を口にしたりする柴田とKENTA。

 

柴田が緑のマットに上がったあの日、KENTAが柴田を帯同し、KENTAがセルリアンブルーのマットに登場した今回は柴田がKENTAを招き入れる

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これが物語と言わずしてなんと言いますか?

そして、プロレス時間軸の壮大さを考えればこうも言わざるを得ません。

皆さん、ここまで読んで頂ければもうお分かりですね?

 

 

ドラマチッッック!と。

 

 

柴田はあの日あの時から、頭の片隅にあったのかもしれない、来るべく日のイメージが。立場を変え、状況も様変わりし、自身の身に一体何が起こるかも予期できぬとも。

 

 

「イメージ通りになってしまいましたね。」

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私は以前の記事でも柴田勝頼をドラマチックな男と書いてしまいました。あまりに突飛な書き方だったかな?オーバーだったかな?こんな勝手な書き方大丈夫だろうか?どこかの誰かがこれを読んで不快にさせてはいないだろうか?

 

いちブログ記事でしか無いとはいえ葛藤は消えません、苦渋で手先を震わせながら打っています。

 

熱を込める、丁寧に紡ぐ、たとえ語彙力に乏しい陳腐な肌触りな単語しか思いつかなくてもそれは本来全くもって気にする必要などありません。自分の言葉、プロレスを好きだからこそ。プロレスをより楽しく面白く伝える為の自分なりの言葉。

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くどい位が丁度いい、それが感情であるならば。

プロレスにおいてのストロングスタイルとは感情です、それが出せるかどうかのスタイルをそう呼ぶのだと私は思っています。私が私の中に持つストロングスタイル、それは言葉なのかもしれません。

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皆様が持つストロングスタイル、どんな感じでしょう?

 

もしよかったら読んで頂けた方々の自分なりに抱くストロンスグスタイル、自分の中にある自分の為のストロングスタイル、よかったら教えて下さい。私のTwitter、もしくはブログのコメント欄どちらでも構いません。

一言でも長文でも、ぜひ。

 

 ザ・クスノキ (@njpwstory)

https://twitter.com/njpwstory?s=09

 


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柴田勝頼が前を歩き招き入れる、帯同するKENTA。

このたった一枚の絵面だけでも物語が繋がり、場面構成が完成する。プロレスの一枚絵には長い時間とレスラーそれぞれの歩んだ背景が凝縮されているのです。

 

 

それもこれも、柴田勝頼だったからこそ。柴田勝頼がドラマチックであるがゆえに。

 

 

 

ひとまず今回はここまでです。

次回でももう少しだけ今回の記事の続きをお送りしていきます。

 

ぜひまた、お付き合いの程を。

 

 

 

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