新日本プロレスを物語る!

新日本プロレスという最高の『物語』、それは必然と偶然が織り成す感情のドキュメント!主役は、レスラー全員です。

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棚橋弘至、言葉を操るプロレスラー ~言葉、棚橋弘至③~ 【新日本プロレス 棚橋弘至】

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~言葉、棚橋弘至③~ 

 

こんばんは、筆者のザ・クスノキです。

 

前々回から続いております、【~言葉、棚橋弘至~】シリーズ。第1回、第2回から続き今回はなんと第3回目

 

実に引っ張りました、引っ張るだけの中身を私が書けたかどうかの批評はどうかしないで頂きたいとすがる気持ちもありつつ、このテーマを取り上げた事にはちゃんと意味があったと思える記事にしたい気持ちが率直な所です。

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肉体をぶつけ合う職業。

しかしプロレスはスポーツ競技ではありません。

人によっては総合格闘技、ボクシング、ムエタイ、空手、柔道といった列に置き比べてしまう方もいます。

 

残念ながらそれは大きな誤りです

 

リング上では人が人を頭から落とすパイルドライバーや垂直落下式ブレーンバスターといったスポーツマンシップの欠片も無い様な残酷な光景を目の当りし、定められたルールの逸脱も5秒間なら許されるというあまりにも曖昧な物差し、挙句の果てにはパイプ椅子等を使った凶器攻撃、敵対する人間による試合介入。

 

冷静になって考えてみれば、ここまで理不尽たる環境に身をさらすというのは一歩間違えば人間の尊厳を大きく無視した職業であります。この環境の中レスラーに求められるのは受ける美学。頭からの落下も、凶器による卑劣行為も、試合を壊す乱入にも全て受けの姿勢で表現を形にしなければならない。強制的な苦難の受難。

 

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冷静になって考えてみれば?

その必要はありません。

冷静になる必要が無い。それがプロレス

 

プロレスは非日常空間の構築を目的とし存在意義を表明したまさにプロレスというジャンルです。

 

もはやジャンルの名称が“プロレス”なのです。

 

受けてなんぼというデタラメの理論から始まり、着地点もグレーかつ意味深(or NOT意味深)な不透明性をいつも孕んでしまう。

こんなジャンルが人を魅了できるのか?納得させられるのか?

 

ここなんです。面白いのは。

 

私達は感動だけを求めてプロレスにエンターテイメント性を求めているのか、私達が納得を求めてプロレスを観ているのか。

そう言えばそうじゃない、危険技に晒される不安や凶器による怒りの着火、不透明の中にある不可解な余地。

 

どれにおいても私達はシチュエーション丸ごとマルッと楽しもうとしてしまう。これは言うならば観る側の受け身です。

 

私達は何かしらの感情の転換を非日常空間で行おうとしている。

 

自身の日常空間では鬱積の一途しか許されない心の軌道を非日常空間で自然なる軌道修正を果たそうとする。ですがこれはバランスを取ろうとする、ではありません。居たって純粋に回帰する、そんな所でしょうか。

純粋回帰、プロレスが与える作用はもちろん人様々ですし、子供から大人まで遊べる最高のおもちゃ箱です

 

箱からどのキャラクターを手に取り、感情の縮図と生き様の感慨を自分なりに楽しむかは自由気ままに許される。妄想と空想に手助けしてもらいながら、大人になった自分の感受性がまだ息をしていると安堵の寝起きを繰り返して。

 

大多数の人はむしろ大人になったからこそ、という観点から来る価値のある回帰なのでしょう。

 

前置きが長い。

長い前置きは私のプロレス記事を書く上での情緒だと思って下さればありがたい所です。

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この前置きで言いたいのは、プロレスを遊ぶ事の面白さ。プロレスは対する愛着の持ち方が多様性に長けている事。

 

今更な感想文ですが、どうしても前置きに持ってきたかったのは棚橋選手の言葉を扱う心持ちをこのブログで取り上げる上でとても重要だったからです。

 

棚橋選手は自身の職業としながらもプロレスをとても楽しんでいます、いや、少し言い方を変えますね。どうしたらもっと楽しめるかを体現しています。

 

言葉でプロレスにもっと味付けを加える。

 

リング上からリング外、肉体と精神(表情や雰囲気)のオンパレードだけでも充分プロレスのエンターテイメント性を実感できるにも関わらず、言葉の表現を根幹の傍にいつも置こうとする姿勢が棚橋選手からは特に伝わってくるのです。

 

良いか悪いかの評価はその時々に任せるとして、この姿勢を観る側の私達にも丁寧に分かりやすく噛み砕いた伝達を施そうとするのは、まさに愛着。

 

プロレスへの愛着。執着を伴う愛憎の密着度合いを棚橋選手は手放しません。

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だから彼は、いつだって言葉の表現にまでプロレスの地軸を伸ばすのでしょう。

 

今回は棚橋選手のWEBマガジン「ダ・ヴィンチ」2019/8/8メールインタビュー完全版後編に触れた内容を書いていきます。今回でこのシリーズ記事は一旦締めたいと思いますので、ぜひ文末までじっくり読んで貰えたら嬉しい限りです。

 

棚橋選手はこれまでにも何本が著書を出しており、各媒体でも文章を産み出している書き手です。プロレスの話を主にして、話の展開をこなせるプロレスラーです。

 

そんな棚橋選手にインタビュアーから文章推敲の手順を聞く質問があり、それに対する棚橋選手のアンサーがなかなか興味深かったので一部を抜粋しご紹介。

 

 

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過去のエピソードや僕というフィルターを通した他の選手の姿や気持ちなどで、文章全体に厚みをつけていきます。

 

そうやって、書き進め、最後に撒き散らしておいた、伏線の中から拾えそうなものだけを拾い、前向きな姿勢とともに書き終えます。

 

 そうすると、自然と起承転結になぞられた文章ができあがります

 

(ダ・ヴィンチニュース プロレス×言葉(前編)インタビューロングバージョン2019/8/8 より引用)

 

 

特に難解な発言内容ではありませんし、むしろこれは読者に分かりやすい読解を促してくれる為の心遣いとも取れます。

 

まず、伏線回収の先に棚橋選手が前向きな姿勢で文章をまとめるというスタンスにはエース棚橋のプロレス的キャラクターを確実に投影するやり方なのでしょう。

これは棚橋選手が自信を持っているから。どんな文脈で構成されても最後は前向きに筆を置きたい感情は、彼がプロレスのハッピーエンド感を強調したい表れなのかもしれません。

 

ただ、もっと興味深い箇所かあります。

 

それはこの部分、

“自然と起承転結になぞられた文章ができあがります”

この棚橋選手の発言は私にとっては少し驚きでもあり、羨ましい気持ちにもさせられるのです。

 

私もこのブログを始めるもっと昔に、素人の趣味程度でしかないお粗末レベルな小説を書いてみたりした経験があります。実体験から学んだ中によれば、起承転結が自然に出来上がるだなんて成功体験は一度もありませんでした。

素人という前提を差し置かなければ、あなたそりゃ当然だよと言われるかもしれません。

 

才能も無ければ語彙力も非力、私如きの素人がおこがましくも小説を書くという試みは無謀であったにせよ、やはり起承転結が自然発生する現象は執筆作業においてなかなかの腕前です。

 

キャラクターの個性を書き分け、ストーリーの順列を練り、言い回しのアクセントを連続的に産み出していく。私の執筆体験により、この三つをぬかり無く自分を納得させる文章に仕上げていく作業は途方に暮れる境地に感じた苦い経験です。

 

私では到底無理だ、妥協と切なさの辛い思い出です。

 

ではなぜ、小説家でも無ければ脚本家でも無い棚橋選手が、起承転結を自然発生させられるか?

 

私が思うに、棚橋選手自身が『物語』の中にその身を置く存在だからです。

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彼は新日本プロレスという大河ドラマの中で生きるキャラクターそのものであり、何人もの主人公がひしめき合い混在を余技なくするうちの1人であるからです。

 

物語の中で存在証明を獲得する者が言葉を綴り、文章を羅列すればそれはそれは超常的に起承転結は自然に起きますよ、至極当然です。

物語の主人公が自分語りや回想に耽る時、わざわざ借りてきた言葉など必要無し。自分の言葉が自ずと動き出し、その一歩二歩がストーリーを形にしてくれるのです。

 

綴る言葉の集合体が自然と起承転結に順列している、これは偶然でもあり必然でもあります。私のブログの副題にはこう書いてあります、偶然と必然が織り成す感情のドキュメント、と。

 

この偶然と必然が織り成す渦中の人なんですから、棚橋弘至という男は。

 

生き様が物語の息吹をもたらし、それをどう面白くするかはレスラー自身の手腕です。これが要はプロレスによく言われる「観客とも勝負している」、と言ったプロレスの文言です。

 

この文言は時に逃げにも使われたりもしますが、前置きにも記した通りプロレスはプロレスというジャンルであってこそ。

どう解釈し、いつどのように咀嚼するかは私達観る側の気分次第であっていい。

 

だっておもちゃ箱ですよ?

自分の感情に沿って遊べばいいし、気軽な気持ちで手に取って飽きたら一休み。神妙な面持ちで手に取って感情の起伏を託してもいいし、落ち着けば一旦箱に返してもいい。

 

棚橋選手がなぜ前向きな着地で締めたいからはこういう部分にあるのかもしれません。

 

断っておきますが、これらは私の私見でしかなく私の矮小な記事で語る程度のシロモノと考えて頂けたら幸いです。逃げ口上をのたまってしまいましたが、私の感情はしっかり乗せています。

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根拠に欠けた記事内容をいつも更新していますが、あくまでもブログのタイトルが新日本を物語っていくという論調にあり、心構えはファンタジックに楽しみたいという気持ちを前面に表明しています。ファンタジーを盾にして何を書いてもいいとまでは言いませんが、感情の欠けた文章だけは載せない心づもりで今回も書いています。

 

 

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プロレスを面白く伝えるにはどう書けばいいか、と。

 

起点が純粋であればある程、文脈に感情を乗せなければ意義が供わない不信感があるのでしょうね、私の中に。

 

棚橋選手もこのインタビューで言葉と感情の関係性について少なからず言及しています。

 

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語彙のストックは意識的には増やせません。言葉に感情が乗らないと使いどころがないからです。

 

 しかし、ベースにストックがないと感情を乗せることもできません。ここが、難しいところです。

 

(ダ・ヴィンチニュース プロレス×言葉(前編)インタビューロングバージョン2019/8/8 より引用)

 

 

またしても面白い発言内容です。

文脈箇所を全て引用はしませんが、この棚橋選手の中での言葉と感情の相互関係がどちらか一方から流れをスタートさせる考え方ではないと捉えています。

 

感情が赴くままに先走れば後から言葉がついてくるという訳ではあらず、逆も然り、言葉の多様性を駆使すれば感情を引っ張り出してこれるという算段でも成し得ない。

 

たぶんこれは、棚橋選手のプロレスに対する真撃さがそうさせるのではないでしょうか。書く作業を先行したプロレスの紹介じゃなく、自分のフィルターを大切にしつつ丁寧な取扱いをしたいが為に持ち合わせた彼の言葉に対する考え方。

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言葉を放つ、言葉を受ける。感情を乗せる、感情を受ける。またしても受けの美学です。

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受け手を見越した言葉の繰り出し方なのではないでしょうか。さすがプロレスラー、書き手に身を投じた時にでもその辺りがすんなりとこなしてしまう。恐ろしい、現代プロレスラーにおいてプロレスの魅力を一手に担う器量と讃えられたとしても当然の評価かもしれません。

 

さてもう一つ、この箇所も引用しご紹介。

 

他選手との言葉のやり取りで印象に残るものは?

と聞かれた棚橋選手がアンサーした部分。

 

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内藤哲也の「この会社は棚橋のいいなりだから」ですかね。

 

僕としては、そんなつもりは一切なかったし、今でもそんな影響力はないと思っていますが、内藤の人気と勢いも相まって、ファンの間で「そうだ! そうだ!」という共感が生まれました。

 

 正直に言うと、あれは悲しかったですね。

 

新日本プロレスのために良かれと思ってやってきたことが、全否定されたような気持ちでした。

 

(ダ・ヴィンチニュース プロレス×言葉(前編)インタビューロングバージョン2019/8/8 より引用)

 

上手い。上手です。

あれは悲しかった?本当にそうでしょうか。

全否定されたような気持ち?本当にそのまんまでしょうか。

 

さあ、皆さん。この棚橋弘至の文脈をどう捉えますか?

ここです、こういう時に私達はどういう感情を働かせるか。

 

ええそうです。

もちろんそこはフリーダムです。

 

言葉のままに感情移入するか、言葉の裏腹に潜む余地を自分なりに課してしまうか。自由ですよ、面白がって楽しむ方向に目を向ければまずは観測成功。

 

ちなみに私ですか?

あえてここでは私の感慨は伏せます。

 

補足を一点足すならば、棚橋弘至というプロレスラーは狡猾だということ。言葉の力も肉体の表現に劣らず駆使してくる男。彼は自分の言葉をシチュエーションに合わせて変化も厭わない。

 

繰り返し言いますが、彼は恐ろしいプロレスラーです。リング上だけで完結させないプロレスも展開し続けられる選手ほど恐ろしく、ズルく、上手なキャラクターであるのは間違いありません。

 

 

最後の引用となります、ここでご紹介した引用は元のメールインタビューの中身の一部です。もし余力があるかたはぜひ棚橋選手の引用元メールインタビュー完全版をご覧下さい。(※記事最後にリンク貼り付けています、参照下さい実に面白いです。プロレスに興味の無い人でも目を引く何かは掘り出せるかもしれません。

 

 

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人は大人に成長していく過程で常識を身に付けていきます。

「悪い言葉を使ってはいけません」「人を叩いてはいけません」「物を投げてはいけません」など。

 

しかし、そのやってはいけないこととして抑圧された欲求のすべてをプロレスラーはやるんですね。

 

そこへ自己投影するところに、プロレスの痛快さがあるのだと、

 

(ダ・ヴィンチニュース プロレス×言葉(前編)インタビューロングバージョン2019/8/8 より引用)

 

人が人にパワーボム

 

人が人にダイビングエルボー。

 

ここまで抑圧を解放した不敬極まりない所業があるでしょうか。

挙句の果てには相手を「潰す」だの「叩きのめす」だの、極めつけは中指を立てる仕草は日常茶飯事。

 

本来ならば子供の教育上好ましくないランキング一位です。

しかし、“非日常”が必要なのは大人だけではありません。子供にも非日常は必要なのでしょう。

 

抑圧は人類に向けて平等に降り注いでいるからです。

 

人生とは感情の叫び。

産まれた赤子から死を迎える老人まで、その叫びに応えるには“日常”の側面のみでは荷が重い。

 

“非日常”も堂々と担ってこそ、人は生き永らえる。

 

 

 

「言葉、棚橋弘至」シリーズ、いかがだったでしょうか。

 

①と②をまだ未読の方はぜひ一度お目を通して頂けたらと思います。シリーズを通して読んでもらえたら、プロレスへの関心がまた一つ幅を利かせてくれるはずです。

 

 

 

◆ここまで読んで下さり本当にありがとうございました。

 

 

  

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